「 エリシャの信仰 」2021年5月2日 礼拝メッセージ

2021年5月2日の礼拝説教要約

「 エリシャの信仰 」 堀内友幸

聖書:列王記第二4:16—37

16 エリシャは言った。「来年の今ごろ、あなたは男の子を抱くようになろう。」彼女は言った。「いいえ、あなたさま。神の人よ。このはしために偽りを言わないでください。」
17 しかし、この女はみごもり、エリシャが彼女に告げたとおり、翌年のちょうどそのころ、男の子を産んだ。
18 その子が、大きくなって、ある日、刈り入れ人といっしょにいる父のところに出て行ったとき、
19 父親に、「私の頭が、頭が」と言ったので、父親は若者に、「この子を母親のところに抱いて行ってくれ」と命じた。
20 若者はその子を抱いて、母親のところに連れて行った。この子は昼まで母親のひざの上で休んでいたが、ついに死んだ。
21 彼女は屋上に上がって行って、神の人の寝台にその子を寝かし、戸をしめて出て来た。
22 彼女は夫に呼びかけて言った。「どうぞ、若者のひとりと、雌ろば一頭を私によこしてください。私は急いで、神の人のところに行って、すぐ戻って来ますから。」
23 すると彼は、「どうして、きょう、あの人のところに行くのか。新月祭でもなく、安息日でもないのに」と言ったが、彼女は、「それでも、かまいません」と答えた。
24 彼女は雌ろばに鞍を置き、若者に命じた。「手綱を引いて、進んで行きなさい。私が命じなければ、手綱をゆるめてはいけません。」
25 こうして、彼女は出かけ、カルメル山の神の人のところへ行った。神の人は、遠くから彼女を見つけると、若い者ゲハジに言った。「ご覧。あのシュネムの女があそこに来ている。
26 さあ、走って行き、彼女を迎え、『あなたは無事ですか。あなたのご主人は無事ですか。お子さんは無事ですか』と言いなさい。」それで彼女は答えた。「無事です。」
27 それから、彼女は山の上の神の人のところに来て、彼の足にすがりついた。ゲハジが彼女を追い払おうと近寄ると、神の人は言った。「そのままにしておきなさい。彼女の心に悩みがあるのだから。主はそれを私に隠され、まだ、私に知らせておられないのだ。」
28 彼女は言った。「私があなたさまに子どもを求めたでしょうか。この私にそんな気休めを言わないでくださいと申し上げたではありませんか。」
29 そこで、彼はゲハジに言った。「腰に帯を引き締め、手に私の杖を持って行きなさい。たといだれに会っても、あいさつしてはならない。また、たといだれがあいさつしても、答えてはならない。そして、私の杖があの子の顔の上に置きなさい。」
30 その子の母親は言った。「主は生きておられ、あなたのたましいも生きています。私は決してあなたを離しません。」そこで、彼は立ち上がり、彼女のあとについて行った。
31 ゲハジは、ふたりより先に行って、その杖を子どもの顔の上に置いたが、何の声もなく、何の応答もなかったので、引き返して、エリシャに会い、「子どもは目をさましませんでした」と言って彼に報告した。
32 エリシャが家に着くと、なんと、その子は死んで、寝台の上に横たわっていた。
33 エリシャは中に入り、戸をしめて、ふたりだけになって、主に祈った。
34 それから、寝台の上に上がり、その子の上に身を伏せ、自分の口を子どもの口の上に、自分の目を子どもの目の上に、自分の両手を子どもの両手の上に重ねて、子どもの上に身をかがめると、子どものからだが暖かくなってきた。
35 それから彼は降りて、部屋の中をあちら、こちらと歩き回り、また、寝台の上に上がり、子どもの上に身をかがめると、子どもは七回くしゃみをして目を開いた。
36 彼はゲハジを呼んで、「あのシュネムの女を呼んで来なさい」と言いつけた。ゲハジが彼女を呼んだので、彼女はエリシャのところに来た。そこで、エリシャは、「あなたの子どもを抱き上げなさい」と言った。
37 彼女は入って来て、彼の足もとにひれ伏し、地に伏しておじぎをした。そして、子どもを抱き上げて出て行った。

一 子供が与えられる約束

1 シュネムの裕福な女性の歓待

シュネムの裕福な女性がエリシャを食事に引き止め、屋上に壁のある部屋を作り、寝台と机とイスト燭台とを置いて、エリシャを預言者としてもてなした。

彼女は主の言葉を聞きたいと思い、主をもっともっとよく知りたいと願ったのです。

ですから、神のみ言葉をもたらす人のために部屋を設けました。

2 彼女に子供が与えられることを告げた。

彼女は裕福で非常に良い地位を持っていました。彼女は全てを持っていました。

彼女がエリシャを招く前に神が彼女を祝福しようとされたのです。彼女には子供がなく、彼女の夫も年をとっていたが、エリシャが「来年の今頃、あなたに男の子が与えられる」ことを告げた。

3 彼女はそれを信じられなかった。

「いいえ、あなたさま。神の人よ。このために偽りを言わないでください」と言った。

彼女はエリシャが嘘をついていると考えました。自分の最大の望みがついに叶えられることになるとは信じられなかったのです。

その意味は、私は ただひとつの願いを持っていました。それは、子どもが欲しいという願いでした。けれど それはもうまったく不可能なことなので私は諦めました。それは非常に苦しい戦いでした。 しかし、答えがないので今はもう諦めています。どうぞこのことについてはもう話さないでください。あなたがそれを話すとまた以前の苦しみが始まりますから、という意味です。

エペソへの手紙第320節に、神は、「わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方」と書かれています神は御心であれば何であれ、成し遂げることがおできになるのです

4 預言の成就

この預言は実際に成就されました。すなわち、女はついにみごもって、 エリシャが彼女に言ったように次の年のその頃に子を産んだ、と書いてあります。 預言者が語るならば、それは主がお語りになるのです。もし、預言者が約束するなら、 それは主が約束されるのです。そして、主の約束は必ず成就します。

私たちもこの女と同じように、聖書を読む時間を持ち、主のみことばを受け入れ、心の余地を主にお渡しするならば、同じように不可能を可能とする奇蹟を経験するようになるに違いありません。そしてひとりひとりが持っている心の深い傷も癒され、また深い悩み苦しみも消え去るでしょう。

彼女が子どもを得たときは、きっと嬉しくて、嬉しくてしかたがなかったに違いありません。

二 その子供の死

その子どもが突然死んでしまったのです。この出来事は彼女にとりどんな苦しみだったでしょう。 母はこの子を預言者の寝台の上に置きました。

私たちが困難を通して主をよりよく知るためには、次の三つのことを知っていなければ いけません。

1 まず彼女は、神の人である預言者のところへ行きました。

カルメル山にいるエリシャのところまでシュネムから24kmの道のりを急ぎます。

主のことばを語る預言者のところへすぐ行きました。彼女は自分の夫のところへ行って その苦しみを告げませんでした。まず預言者のところへ行きました。彼女は家で泣き続けているようなことはせず、できるだけ早く主の使いエリシャのもとにやって来ました。

私たちの場合はいったいどうなのでしょうか。私たちは悩みをもっているとき、いったいどうするでしょうか。すぐに主のみことばに目を向けるのでしょうか。

すぐに起き上がって主の御前に出るのでしょうか。

もし多くの困難が群がり起こった場合、私たちがそれに対して示す反応はいったいどのようなものでしょう。

女は直ちに神のみことばを語る人のところへ行きました。問題をもつと、だれでも悩みます。そしてどうすればいいか分からないので専門家のところへ行こうと思う人が何と多いのでしょう。けれど、まず為すべきことは祈ることです。主のみこころを尋ねることです。確信を得ることです。

2 彼女は預言者のところへ来るや否や、身をかがめて願いました。

私たちが悩みの中でもっとよく主を知ろうとする場合は、絶えざる心からの熱心な祈りが必要です

彼女は山の上の神の人のところに来て、彼の足にすがりついた。ゲハジが彼女を追い払おうと近寄ると、神の人は言った。「そのままにしておきなさい。彼女の心に悩みがあるのだから。主はそれを私に隠され、まだ、私に知らせておられないのだ。」 女は悩みを自分で処理しようとせずに、すぐに預言者のところへその悩みを持って行きました。「わたしがあなたに子供を求めたことがありましたか。わたしを欺かないでくださいと申し上げたじゃないですか

3 彼女は神のことばを話す人から離れませんでした。    列王記・第二 4章30節     彼女は言った。「主は生きておられ、あなたのたましいも生きています。 私は決してあなたを離しません。」そこで、彼は立ち上がり、彼女のあとについて行った。 私たちが困難のうちに主をよりよく知ろうとするなら、「確固たる信頼」が必要です。「私は決してあなたを離しません」と書いてあるとおりです。 「私を祝福してくださらなければ、あなたを去らせません(創世記 32:26)」という揺るぎない心構えをもって主の御前に出るならば、奇蹟を見ることができるのです。 そして、このような人々だけが、困難の中にあって主をよりよく知ることができるのです

三 エリシャの祈り

1 エリシャは何を祈ったのか。

エリシャが家に着くと、なんと、その子は死んで、寝台の上に横たわっていた。33 エリシャは中に入り、戸をしめて、ふたりだけになって、主に祈った。

 エリシャは主に祈りました。それがこの状況に対するエリシャの対応でした。彼は確かに困難な状況にありました。神がエリシャを通してこの女性に約束された子供が死に、そしてゲハジがエリシャの伝えた通りのことをした後でも、何の回復の兆しもなかったのです。

エリシャが何を祈ったのかはここには記されていません。

この状況に立ち向かいました。つまり、主に祈ったのです。万事の答えの源は主で、エリシャにはこの状況で何をすべきか、その答えが必要でした

2 エリシャの信仰

エリヤの祈り「私の神、主よ。私を世話してくれたこのやもめにさえもわざわいを下して、彼女の息子を死なせるのですか。」
21 そして、彼は三度、その子の上に身を伏せて、主に祈って言った。「私の神、主よ。どうか、この子のいのちをこの子のうちに返してください。」

エリシャは神への全き信頼を持っていたのです。エリシャは主が死人の子供を生かすお方であることを信じていたのです。エリシャは答えをご存知であるただ一人のお方、主にこの状況の中で何をすべきかを求めていたのです。神はエリシャの信仰にお答えになりました。

3 エリシャの行動

34 それから、エリシャは寝台の上に上がり、その子の上に身を伏せ、自分の口を子どもの口の上に、自分の目を子どもの目の上に、自分の両手を子どもの両手の上に重ねて、子どもの上に身をかがめると、子どものからだが暖かくなってきた。
35 それから彼は降りて、部屋の中をあちら、こちらと歩き回り、また、寝台の上に上がり、子どもの上に身をかがめると、子どもは七回くしゃみをして目を開いた。

エリシャの行動すべて、エリシャ自身の考えから来たものではなく、神の啓示があってなされたことでした。

エリシャの祈りがここには書かれていないが、エリシャが主に全き信仰を持って居た事が分かります。エリシャは主が死人の子供を生かすお方であることを信じていた。故に、子供が生き返ったのです。

4 エリシャが彼女を呼んで言ったこと

エリシャが彼女を呼んだので、彼女はエリシャのところに来た。そこで、エリシャは「あなたの子供を抱き上げなさい」と言った。彼女はエリシャの足元にひれ伏し、地に伏しておじぎをした。そして、子供を抱き上げて出て行った。

23 そこで、エリヤはその子を抱いて、屋上の部屋から家の中に降りて来て、その子の母親に渡した。そして、エリヤは言った。「ご覧、あなたの息子は生きている。」
24 その女はエリヤに言った。「今、私はあなたが神の人であり、あなたの口にある主のことばが真実であることを知りました。」列王記第一17:23−24

シュネムの女性はエリシャの足元にひれ伏し、地に伏しておじぎをした。言葉が書かれていませんが、彼女は全智全能なる神をひれ伏して礼拝したのです。

それは主を信頼し主を求める人は、直面した問題が何であろうと、その問題を主に持って行くことが出来ることです。わたしたちの神は全能の神であり、その力に限界はありません。神は本当に、「わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方」なのです。ですから、わたしたちは必要なことすべてにおいて、神の力を信じましょう。そう信じることによってのみ、神の御業がなされて行くのです。

エリヤは、私たちと同じ人間であったが、雨が降らないようにと祈りをささげたところ、3年6ヶ月の間、地上に雨が降らなかった。それから、再び祈ったところ、天は雨を降らせ、地はその実をみのらせた。ヤコブ5:17、18

死の力を持つ者、すなわち悪魔をご自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴隷となっていた者たちを、解き放つためである。ヘブル2:14、15