堀内友幸牧師

2012年4月1日

私はクリスチャンの母によって子供の時から教会に導かれ、母にいつも「罪を犯したなら神様の前に悔い改めなさい」と言われて育ちました。ですから、母と共に祈る時はいつも私の悔い改めの祈りがありました。私が高校生の時に、母も足りないところがあることを知った時に『母は何故悔い改めないのか』という疑問が起こり、母親に対して何事につけ反発心を持ちだしました。母は私の心の反発を知ってか「一緒に祈りましょう」と言うのでした。一緒に祈るならば、『あなた悔い改めることはないのですか』と言われることが分かっているので、私は母に「僕一人で祈るから、いい」と断りました。しかし、その日に限って母はしつこく私に「一緒に祈りましょう」と言い続けるのです。私は「いいから、自分で祈るから」と断り続けていました。すると、母は無断で私の部屋に入ってきて、私の眼の前に正座して祈りだしました。私は無断で部屋に入ってきた母を無視して、母の祈りを聞かないふりをして横を向いていましたが、母の祈りが自然と耳に入ってきました。「神様、私は罪びとです。私をお赦し下さい」と母は涙ながらに祈りだしたのです。私は母の祈りを聞かないように無視してはいたのですが、その祈りが私の耳に入ってきたときに、私はそこに主の厳かな臨在を覚え、母が神様の前に出ている姿を見て、私もそこに正座をして母の祈りに耳を傾けました。母の祈りが終わった時に、私も「神様、私は罪びとです。私をお赦し下さい」と祈りました。母は私たちの罪の為にキリストが十字架につけられたこと、キリストが甦って私たちの罪をお赦し下さったことを告げてくれました。その時に母と私は一致の霊を持って主の前に出る事ができました。その時から母と私は問題があると何事でも打ち明けて共に祈りあう友となることが出来たのです。

ヨハネによる福音書3章16節

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

天のお父様が御自分の一人子を全人類の罪の身代わりとして十字架につけて罰して全ての人をお赦し下さいました。イエス・キリストが私たち全ての罪の身代わりとして十字架につけられ、私たちの罪を贖って下さったと信じる人は罪が赦されて永遠の命を持つことが出来るこの事実を知った時に、私は罪からの赦し受け取ることが出来ました。キリストの贖いが人間のいかなる功績も、人間の技を付け加える事も必要としないまでに完全なキリストの贖いであることを信じた時に私は罪の奴隷から解放されました。罪の奴隷からの解放を知った時に、この神様の恵みを全ての人に伝えたく、世界宣教に献身しました。

アメリカ・ロスアンジェルスではホームレスの伝道、ミシシッピー州のウェスレー聖書大学院ではランキン郡立刑務所のボランティア・教戒師として刑務所伝道をすることができました。
私の祖父、堀内文一牧師の弟子が本田弘慈先生で、本田弘慈先生の招きで1994年6月から赤穂キリスト教会の主任牧師となりました。現在は2011年10月よりカナダ、アルバーター州にあります、カルガリー日系人福音教会の主任牧師となり現在に至っています。