問題の中で主が私達に願われること

2013年2月17日の礼拝説教要約
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マタイの福音書 14:22-33 (新改訳・新約聖書 26ページ)

22 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群衆を帰してしまわれた。

23 群衆を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた。

24 しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。

25 すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。

26 弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「あれは幽霊だ。」と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。

27 しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」と言われた。

28 すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」

29 イエスは「来なさい。」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。

30 ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください。」と言った。31 そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」

32 そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ。

33 そこで、舟の中にいた者たちは、イエスを拝んで、「確かにあなたは神の子です。」と言った。

問題の中で主が私達に願われること

問題は何時の時代でも、どのような状態でも、どのような所でも容赦なく私達に降りかかってくるものです。もしあなたが問題が来る度に、問題を解決することから逃避したり、諦めたりしてはなりません。そして同じ問題に振り回されたり、同じ問題に追われたり、同じ問題にコントロールされて一生を過ごすのか。またはあなたが問題を正面に受け止めて、問題に対して問題が与えてくれるレッスン(学課)を学んで行くのかをあなたが今日選択しなければなりません。

もしあなたが同じ問題に振り回されず、同じ問題に追われる事もなく、同じ問題をコントロールされて一生を過ごすのでもなく、問題を正面から受け止めて、問題に対して問題が与えてくれるレッスンを学ぶことを選択するならば、これから私が述べる5つの問題に対するレッスン(学課)を学んで頂きたく願います。

それでは問題に対しての5つのレッスン(学課)とはを何でしょうか。

1.主は私達にないものに対して不平を言うのではなく、主は私達に与えられているものに対して感謝することを願われています。

 主は彼らが持っていた5つのパンと2匹の魚を通して男の人達だけで5千人女性と子供達を入れればおおよそ2万人の人達を養う事が出来たのです。私達にないものに対して神に不平をいうのではなく、まず、神が私達に与えられているものを感謝することから始めましょう。

2.主は私達が傲慢になることではなく、主は私達が謙遜であることを願われています

2万人の人達に食事を与えた奇跡をなした後、群衆はイエスを王にしようとしているのを知り、弟子たちがその運動に加わって、傲慢になって惑わされたりしないために、彼らを船に乗せて向こう岸へやられました。主の働きをするためには人を裁いたりしていけません。主の祝福を受ける道は謙遜になることです。

3.主は私達が問題に対して恐れないことを願われています

問題は予期せずに思いもよらないところから突然やってくるものです。

弟子達は暴風雨の中で精も魂も尽き果てて絶望し、諦めていたのです。そこにイエスが水の上を歩いて弟子たちに近づいて来られました。弟子達はイエスを見て幽霊だと思い叫び声を上げたとあります。彼らは恐れたのです。その時に主が語られた言葉は

しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」でした。

ピリピ1:28どんなことがあっても、反対者たちに驚かされることはないと。それは、彼らにとっては滅びのしるしであり、あなたがたにとっては救いのしるしです。これは神から出たことです」と書かれてあります。

このことを知って下さい。

もし、あなたが問題に対して恐れたりするのならば、その時点であなたは敗北しているのです。

悪魔はあなたが神に近付いて欲しくないのです。様々な問題を持ってきてあなたに諦めてほしいのです。もし、あなたが問題に対して恐れないならば、あなたはすでに問題に対して勝利をしていることを知るべきです。

4.主は私達が神を疑わないことを願われています。

信仰に始まって信仰に至ることを願われます。クリスチャンの生涯は信仰から信仰へと歩む生涯です。悪魔はあなたが信じ続けることを願っていません。あなたに神を疑う事をしてほしいのです。その誘惑に陥らないことです。最後まで主を信じるのです。

5.主は彼らの信仰を働かせることを願われたのです。

 イエスは山の上でお祈りをされていました。

主は弟子たちがガリラヤ湖で暴風で苦しんでいる姿を見ておられました。

主は何故、直ぐに弟子達を助けに来られなかったのでしょうか。

主は何故、私達も問題に合って苦しんでいる時に直ぐに助けに来られない時があります。

何故ですか。

「苦しい時の神頼み」では問題が過ぎ去ると、その人は問題をも忘れてしまって、同じことを繰り返して、問題から学ぼうとしないのです。

主は私達に人生のレッスン(主が与えられる学課)を学んでほしいのです。

私達が人生の学課を学ばなければ、私達はいつも同じ問題に振り回されてしまうからです。

イエスはいつまでも弟子達と共にいるのではありません。主は天に帰らなければなりません。

主は彼らに彼らの信仰を働かせることを願われたのです

ですから主は直ぐに助けには来られなかったのです。

主はアダムとエバに地を治めるように創造されたのです。

主はあなたがたが問題にコントロールされるのではなく、問題をコントロールするためにあなた

をつくられたことを覚えて下さい。主から与えられている権威を持って、問題に振り回されるの

ではなく、問題に対して、主が暴風雨に対して「黙れ。静まれ」と命令したように、私達も問題

に対して権威を持って主の御名による解決があることを前もって信仰によって確信しましょう。

主はあなたの信仰を働かせることを願われておられるのです。

問題があなたに来る時こそ、あなたの信仰を働かせる時なのです。

 

問題の中で主が私達に願われていることを下記に要約します。

1.主は私達に与えられているものを私達が感謝することを願われています。

2.主は私達が謙遜であることを願われています。

私達は傲慢になるのではありません。人と争うのではありません

主は私達が問題や人にたいして恐れないことを願われています。

問題や人を恐れないで下さい。問題に恐れないことであなたはすでに問題に勝利をしているのです。

4.主は私達が神を疑わないことを願われています。

5.そして主は私達が問題の中で、信仰を働かせることを願われています

主はあなたにこの地を治める権威をお与えになられたのです。

問題の中であなたの信仰を働かせて下さい。