勝利の秘訣

2013年3月17日の礼拝説教要約

聖書:エペソ人への手紙 6:10-20(新改訳・新約聖書348ページ)

10 終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

11 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

13 ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

14 では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、

15 足には平和の福音の備えをはきなさい。

16 これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。

17 救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。

18 すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。

19 また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。

20 私は鎖につながれて、福音のために大使の役を果たしています。鎖につながれていても、語るべきことを大胆に語れるように、祈ってください。

私達はよく何かがあれば幸せになれると多くの人は考えています。

ある人は「お金さえあれば」と言われます。

では体が丈夫でお金があれば幸いかと思うと、

今度は「家のなかさえうまくいければ」

「主人さえ優しくしてくれれば」

「家内さえ言うこと聞いてくれれば」

「この子は誰に似てこのようになってしまったのか。

この子さえもうすこし思うようになれれば」

「うちの母親さえもっと理解して下されば」

「うちの嫁さえ優しくしてくれれば」

「内の姑さえもうすこし言う言葉に思いやりがあれば」

「これさえあれば」

「これさえ解決つければ」

「これさえなければ」

というようにさえということばがどんどんとさらに増えていくだけでいつまでたっても

人は幸いにならないのです。

「~さえ」と言っている間はちっとも幸いにならないのです。これが現実です。

境遇を変えることに多くの人は必死になっているのですが、

実は幸せになるためには境遇などを変える必要はないのです。

幸せになる条件は自分が変えられることなのです。

パウロは伝道旅行で2回エペソにたちよりそこに教会が出来ました。

パウロはローマの獄中からエペソの教会に手紙を書いたのです。

そしてここでパウロは「終わりに言います」と告げています。

つまりこれはパウロからの教会にあてた遺言の言葉なのです。

ここでパウロが言っていることは「人生とは一つの戦いだから、私達に次から次へと起こって来る問題に対しての勝利の秘訣をもつように」とパウロはここで述べているのです。

問題に対処する勝利の秘訣とは何なのでしょうか。

1. 勝利の秘訣は自分が変えられることだと告げています。

それではどのようにして自分が変えられることが出来るのでしょうか。

(1) 自分で自分を変えることは不可能です。

(2) 私達には助けが必要なのです。それでは私達はどのような助けを必要とするのでしょうか。

[1]上から力によって変えられることなのです。

エペソ6:10「 終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。」

[2]キリストが私達の卑しい体を、御自身の栄光の体と同じ姿に変えて下さると聖書が言っているのです。

ピリピ3:21 キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。

[3]私達が出来ることはありのままで、そのままで主の所に行くことなのです。

11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

主のところに行くことです。

[4]そこで私達は主から恵みを受けることなのです。主の大能の力を受けるのです。

放蕩息子が家に帰って行った時に、彼がしたことはただ父親からの恵みを受けただけなのです。

2.私達の戦いは血肉、人に対するものではなく、霊の戦いであることを告げています。

そして、勝利の秘訣は敵を知らなければならないことをここで告げています。

悪魔の最高の武器は私達を不信仰へおいやる誘惑です。

人をその本来の道に反する方向に誘い込み,*罪を犯させるように仕向けることです。

すべての誘惑は*悪魔によってもたらされ、その目的は人を神から引き離すことにあります。

あなたにそう簡単に神様からの恵みを受けて欲しくない敵がいることを知らなければなりません。

私達の敵は人ではありません。悪魔がアダムとエバに神を信じさせないようにさせたように、今も私達にも不信仰を与える悪魔からの挑戦を受けていることを知らなければなりません。

悪魔はあなたに神を信じて欲しくないのです。あなたの人生をあきらめて欲しいのです。

惰性の中で、無気力のままで時間と誘惑と問題にコントロールされて気がついたら、

もう自分では何もできないようにさせることだけなのです。

あなたに神に近付いて欲しくないのです。あなたが神の器として用いられて欲しくないのです。悪魔の誘惑に簡単にのせられないように霊の目を覚ましていなければならないのです。

人と争っている場合ではないのです。人はあなたの執り成しの助けを必要としているのです。

敵である悪魔はキリストの十字架の完全な贖いによってすでに敗北していることを知らなければなりません。

敵を恐れたならば負けです。

敵を恐れなければすでに私達は勝利をしているのです。

私達は神より、全権大使としてこの地上に遣わされていることを知らなければなりません。

あなたがたは実に神の国の全権大使なのです。

キリストが弟子達を遣わされたように、キリストは今もあなたがたをこの世に遣わされていることを知るべきです。一国の代表である大使館が攻撃されたならば、それは戦争を意味するのです。もし、あなたが傷つけられるとするならば、神は黙っていないのです。

3.勝利の秘訣は神の武具を身につけることだとここで告げています。

神の武具とは何でしょうか。

(1)真理の帯 ありのままで主を受け入れて、キリストが私達の力の源泉になることです。

(2)正義の胸当て 神の前に悔い改め、罪を赦すキリストを見上げることです。

(3)平和の福音の備えを足にはき、十字架による全き贖いの喜びを伝えることです。

(4)信仰の盾を手に取り、悪しき者の放つ火の矢を消すことが出来る

聖書の御言葉を信じることが悪魔の誘惑を断ち切ることができるのです。

(5)救いのかぶとをかぶり、信じることによって永遠の命を持っていることの確信をもつことです。

(6)御霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。

神の言葉は聖霊の感動によって語られた言葉です。

み言葉が信じる者の上には命となってあふれてくることなのです。

(7)御霊によって祈り:御霊によって祈るとは謙遜の霊を持つことです。

イエスは「我が心をなさんとにあらず、御心を成したまえ」と祈られました。

今の時代がどのような時代であるかを聖霊は私達に教えられるのです。

語るべき時に語るべき言葉を大胆に福音の奥義を明らかに示し得るように祈って下さいと懇願してパウロは殉教して行きました。

炎のランナーとして有名な

エリック・ヘンリー・リデルは1902年1月16日スコットランドの宣教師の息子として中国の天津で誕生しました。

1908年、彼は学校に通うため母国であるスコットランドに戻ることとなります。リデルと兄は、中国にいた両親とは1年のうち2、3回程度、ほんの数週間しか会えなかったのです。

1920年にリデルはエディンバラ大学に進学しました。ここで彼の陸上選手としての才能が大きく開花し成長します。彼は陸上だけでなく、ラグビーの選手としても活躍し、スコットランドの代表として7つの国際大会に出場します。

1924年、第8回パリ・オリンピックで参加国数44カ国の中で

エリックは400m走を47.6秒の世界新記録をだしてオリンピック金メダリストになりました。

1925年に大学を卒業した後、両親と同じ宣教師として中国の天津に渡ります。1932年に聖職者に命じられます。1934年にカナダ人の宣教師と結婚します。

1931年に満州事変が勃発。中国は外国人にとって極めて危険な場所となり、1941年には英国より中国から退避するよう勧告がなされます。リデルは妻と3人の娘をカナダに帰国させ、本人だけ中国に残ることとしました。1943年にリデルは日本軍によって抑留される。1945年収容所でこの世を去りました。

彼が残した言葉は「ゴールに向かう力はあなた方の中から湧き出ます。・・・主の愛に身をゆだねること、それがゴールへの最短距離なのです・・・」そして

「勝利を得るには不断の節制と集中力とインスピレーション聖霊の感動です」と告げています。