主が私達に求めておられるもの II

2013年9月22日の礼拝説教要約

聖書:ヨハネの福音書 4:1-28

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1 イエスがヨハネよりも弟子を多くつくって、バプテスマを授けていることがパリサイ人の耳にはいった。それを主が知られたとき、2 ――イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、弟子たちであったが、――3 主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。4 しかし、サマリヤを通って行かなければならなかった。5 それで主は、ヤコブがその子ヨセフに与えた地所に近いスカルというサマリヤの町に来られた。6 そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろしておられた。時は六時ごろであった。7 ひとりのサマリヤの女が水をくみに来た。イエスは「わたしに水を飲ませてください。」と言われた。8 弟子たちは食物を買いに、町へ出かけていた。9 そこで、そのサマリヤの女は言った。「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか。」――ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかったからである。10 イエスは答えて言われた。「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。」11 彼女は言った。「先生。あなたはくむ物を持っておいでにならず、この井戸は深いのです。その生ける水をどこから手にお入れになるのですか。12 あなたは、私たちの先祖ヤコブよりも偉いのでしょうか。ヤコブは私たちにこの井戸を与え、彼自身も、彼の子たちも家畜も、この井戸から飲んだのです。」13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。14 しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」15 女はイエスに言った。「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」16 イエスは彼女に言われた。「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」17 女は答えて言った。「私には夫はありません。」イエスは言われた。「私には夫がないというのは、もっともです。18 あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。 」19 女は言った。「先生。あなたは預言者だと思います20 私たちの先祖は、この山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。」21 イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。22 救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。23 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。24 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」25 女はイエスに言った。「私は、キリストと呼ばれるメシヤの来られることを知っています。その方が来られるときには、いっさいのことを私たちに知らせてくださるでしょう。」26 イエスは言われた。「あなたと話しているこのわたしがそれです。」27 このとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女の人と話しておられるのを不思議に思った。しかし、だれも、「何を求めておられるのですか。」とも、「なぜ彼女と話しておられるのですか。」とも言わなかった。28 女は、自分の水がめを置いて町へ行き、人々に言った。

ヨハネの福音書4章を通して主がサマリヤの女性に知ってほしいことがありました。

それは主が皆様方にも知ってほしいことなのです。それではイエスがサマリやの女性に知ってほしいことは何であったかをこのところから語らせて頂きます。

イエスが語られた「生ける水」とは何でしょうか。

I. 生ける水とは主イエスを知ることなのです。

1.主はありのままのあなたを愛しておられます。
2.主はあなたがありのままで主に近づくことを求めておられます。
3.主はあなたに語られるみ言葉を語られることを願われています。
4.主はあなたの為に天の位を捨てて、あなたを助ける為、あなたを救うため、あなたが自分の力ではなく、主の力によって変えられていくことを信じて欲しいのです

サマリヤの女性はイエスが語られた
「あなたと話しているこのわたしがそれ(メシヤ:救い主)です」とのみ言葉を信じた時に内から生ける水、命の水がわき溢れてきたのです。

5.主の御心を行うことはサマリヤの女性にとって喜びでした。
主の御心を行うことは私達の喜びなのです。サマリヤの女性は喜びのあまり、彼女の最も大切な水瓶をそこに置いて町へ出てゆき、人々に「私は救い主、メシヤに会った」と証したのです。町中の人々がイエスのところに来てリバイバルがおこったのでした。