ヨハネの第二の手紙要約:真理と愛

2020年9月13日の礼拝説教要約

ヨハネの第二の手紙要約:真理と愛  2020年9月13日礼拝 堀内友幸

聖書:ヨハネの第二の手紙 1節—6節

1 長老から、選ばれた婦人とその子どもたちへ。私はあなたがたをほんとうに愛しています。私だけでなく、真理を知っている人々がみな、そうです。
2 このことは、私たちのうちに宿る真理によることです。そして真理はいつまでも私たちとともにあります。
3 真理と愛のうちに、父なる神と御父の御子イエス・キリストからの恵みとあわれみと平安は、私たちとともにあります。
4 あなたの子どもたちの中に、御父から私たちが受けた命令のとおりに真理のうちを歩んでいる人たちがあるのを知って、私は非常に喜んでいます。
5 そこで婦人よ。お願いしたいことがあります。それは私が新しい命令を書くのではなく、初めから私たちが持っていたものなのですが、私たちが互いに愛し合うということです。
6 愛とは、御父の命令に従って歩むことであり、命令とは、あなたがたが初めから聞いているとおり、愛のうちを歩むことです。

*イントロダクション

一 真理とは何か 

二 愛とは何か

*イントロダクション

1 著者: ヨハネ

この書に長老と書かれています。旧約聖書に書かれてある長老は一族の族長を現し、新約聖書に書かれてある長老は監督という意味を持っていました。

ヨハネはエペソ教会の監督であったが、長老とも自分で呼んでいました。

2 執筆年代:紀元90—95年頃

3 執筆事情:

宛先が主の召命を受けた婦人:母であり、子供達を育てながら、家庭を教会として主に仕える伝道師であり、多くの影響力があり、教会につながる信徒達も主にある子供達でした。

ヨハネの第一の手紙と同様に、ヨハネはエペソ教会の監督としてキリストにある兄弟姉妹を自分の子供と見て父親のような訓戒をここでしています。

ですから、この書は私達に語られている書でもあるのです。

グノーシス主義についてはコロサイ人への手紙の要約で述べましたのでそこをご覧ください。

一 真理とは何か 

1 真理の意味

真理とは本当のこと、正しいこと、偽りのないもの、私達を裏切らないもの、普遍性を持ち永遠に変わらないものなのです。

真理が現れた時に、人は真理を受け入れる人と受け入れない人とに分かれます。

2 聖霊について

あなた方の内に来られる聖霊:ヨハネ14:17

17 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。

3 主イエスご自身について:ヨハネ14:6

イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」

4 主が語られた御言葉について:ヨハネ83132

そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」 

5 真理の内に歩むことについてIIヨハネ4

真理の内に歩むことは喜びをもたらす。

あなたの子どもたちの中に、御父から私たちが受けた命令のとおりに真理のうちを歩んでいる人たちがあるのを知って、私は非常に喜んでいます。

二 愛とは何か

1 神のご性質

神は愛なのです。永遠の神のご性質である愛は父・子・聖霊の間の相互に自己を明け渡す行為のうちに現れています。キリストは地上に来た時に完全な愛を現したのです。キリストは神的性質の真の姿を備えていました。キリストを見た者は父なる神を見たのです。敵達でさえも、キリストの欠点を見つけ出すことが出来ませんでした。

2 救いのご計画

救いのご計画は神の愛によって立てられ、父なる神が人類の救いをご計画し、御子なる神がそれを遂行し、聖霊なる神が人類に救いを告げ知らせたのです。

3 神と人との接触点

愛は神と人との真の接触点です。人は神の像に似せて創られました。神の像とは自己を明け渡すことのできる能力です。愛を受けることによって人は神に似るものとなるのです。

4 愛の属性

愛の属性:愛は寛容であり、愛は親切です。また人を妬みません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。全てを我慢し、全てを信じ、全てを期待し、全てを耐え忍びます。(Iコリント13:4−7)

5 愛とは感情ではない。愛は行動を伴います。

多くの人は「私はもうこの人を愛することができない」という言葉を聞く。

多くの人は愛を感情だと勘違いをしている。愛とは感情ではなく、あなたが神の前にした誓約という事実なのです。愛は変わることがないのです。

神は一人子を賜うほどにあなたを愛されたのです。これは永遠に変わらない事実なのです。(Iコリント13:8、13)

8愛は決して絶えることがありません。

13いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番優れているものは愛です。

6 ヨハネは主イエスの愛を誰よりも受けた

(1)ヨハネの性格 マルコ3:17、ルカ9:51−56

ヨハネは弟子達の中で最も若い10代の弟子で雷の子と呼ばれた。マルコ3:17

17 ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、このふたりにはボアネルゲ、すなわち、雷の子という名をつけられた。

ルカ9:51−56

51 イエスは、天に上げられる時期が近づくと、エルサレムに向かう決意を固められた。
52 そして、先に使いの者を出された。彼らは行って、イエスのために準備しようと、サマリア人の村に入った。
53 しかし、村人はイエスを歓迎しなかった。イエスがエルサレムを目指して進んでおられたからである。
54 弟子のヤコブとヨハネはそれを見て、「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言った。
55 イエスは振り向いて二人を戒められた。
56 そして、一行は別の村に行った

(2)イエスが愛しておられた弟子

ヨハネは自分のことをイエスの愛された弟子と告げている。

23 弟子のひとりで、イエスが愛しておられた者が、イエスの右側で席についていた。

ヨハネ13:23、19:26、20:2、21:7、21:20

(3)ヨハネの甘え

ヨハネはイエスに甘えることができるほどイエスに何でも聞くことができた

21 イエスは、これらのことを話されたとき、霊の激動を感じ、あかしして言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ります。」

24 そこで、シモン・ペテロが彼に合図をして言った。「だれのことを言っておられるのか、知らせなさい。」

25 その弟子は、イエスの右側で席に着いたまま、イエスに言った。「主よ。それはだれですか。」
26 イエスは答えられた。「それはわたしがパン切れを浸して与える者です。」それからイエスは、パン切れを浸し、取って、イスカリオテ・シモンの子ユダにお与えになった。

(4)主イエスがヨハネに託されたこと ヨハネ19:26−27

イエスは主の愛を最も受けたヨハネに母マリヤをお委ねになった。

26 イエスは、母と、そばに立っている愛する弟子とを見て、母に「女の方。そこに、あなたの息子がいます」と言われた。
27 それからその弟子に、「そこに、あなたの母がいます」と言われた。

(5)ヨハネの使命:ヨハネ19:27

「その時から、この弟子は彼女を自分の家に引き取った。」

ヨハネはその時から母マリヤを家に迎え、マリヤの妹である自分の母サロメと共にマリヤが召される時まで共にいて世話をしたのです。母マリヤをあたかもイエスがそばにおられるかのように、主の愛を最も受けたヨハネが介護したのです。そして母マリヤを天に召されるまでヨハネは見守り続けたのです。それは何という主イエスから与えられた使命だったことでしょう。

【1】ヨハネは他の弟子達が皆殉教し行くのを見ていたのです。

【2】ヤコブは使徒12:2で、ヤコブはヘロデ王によって剣によって殉教した。

【3】ペテロはローマでX形の十字架に逆さに張り付けにされて殉教した。

【4】マタイはエチオピアで刀傷によって殉教の死を遂げた。

【5】エルサレム教会の監督であった主イエスの兄弟ヤコブはキリストへの信仰を否定するように脅迫されたことを拒否したために神殿の南東の小尖塔から突き落とされたが死ななかった為に棍棒で撲殺されて殉教した。

【6】ナタナエル・バルトロマイはトルコで証し、アルメニアで説教したことで、鞭で打たれ、皮膚が剥がれて殉教した。

【7】アンデレはX型の十字架につけられ、ギリシャで殉教した。

「私は、この至福の時を長いこと待ち望んできた。十字架はキリストの体がかけられたので、神聖なものとなったのだ」と彼は死ぬまで説教し続けた。

【8】トマスはインドで後ろからヒンズー教徒に槍で刺されて殉教した。トマスはこの罪を彼らに負わせないで下さいと殺害した者達の為に祈った。そのことによって多くのヒンズー教徒が救われ、チェンナイにあるトマスが殉教した小高い丘の上に教会が建てられ、そこは24時間ドアが開けられ、全国から教団・教派を問わずキリスト者がバスと車に乗って祈りに来ていた。市の中心にはトマスの教会があり、中に入るとカトリックのようなキリストの像もマリヤ像も聖徒達の像もなく、純福音の教会が2千年続いていた。

【9】マッテヤは石打ちにされた後、斬首されて殉教した。

【10】パウロはローマにおいてネロ皇帝によって斬首によって殉教した。

【11】主イエスの十字架と復活を見た弟子達は復活の希望に燃えて喜んで殉教して行った。

【12】唯一人残されたのはヨハネだけでした。

ヨハネも殉教したかったのではないかと思われます。

しかし、ヨハネには主から与えられた使命があったのです。それは母マリヤを最後まで見守り、天に召されるその時までマリヤを介護し続けたのです。そればかりではなく、今日のヨハネの手紙に書かれているように、キリスト者2世達へ信仰を継承させ、異端であるグノーシス主義からキリスト者を守る使命が与えられていたのです。