ヨハネの第三の手紙要約:弟子訓練 2020年9月20日礼拝 堀内友幸

2020年9月20日の礼拝説教要約

ヨハネの第三の手紙要約:弟子訓練

聖書:ヨハネの第三の手紙 1節—8節

1 長老から、愛するガイオへ。私はあなたをほんとうに愛しています。 
2 愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、

また健康であるように祈ります。

3 兄弟たちがやって来ては、あなたが真理に歩んでいるその真実を証言してくれるので、

私は非常に喜んでいます。
4 私の子どもたちが真理に歩んでいることを聞くことほど、私にとって大きな喜びはありません。

5 愛する者よ。あなたが、旅をしているあの兄弟たちのために行っているいろいろなこ

とは、真実な行いです。

6 彼らは教会の集まりであなたの愛についてあかししました。あなたが神にふさわしいかたで彼らを次の旅に送り出してくれるなら、それはりっぱなことです。

7 彼らは御名のために出て行きました。異邦人からは何も受けていません。

8 ですから、私たちはこのような人々をもてなすべきです。そうすれば、わたしたちは

真理のために彼らの同労者となれるのです。

*イントロダクション

一 主が呼ばれたこと  

二 主と共にいる為

三 主が遣わす為 

*イントロダクション

1 著者: ヨハネ

この書に長老と書かれています。旧約聖書に書かれてある長老は一族の族長を現し、新約聖書に書かれてある長老は監督という意味を持っていました。

ヨハネはエペソ教会の監督であったが、長老とも自分で呼んでいました。

2 執筆年代:紀元90—95年頃

3 執筆事情:

宛先がガイオであり、ヨハネが導いた弟子であり、教会を任された主に仕える牧師でした。この書が書かれた時にはすでにヨハネ以外の使徒達は皆殉教し、パウロも殉教していました。その当時主イエスから直接に指導を受けたのは使徒ヨハネだけだったのです。ヨハネは伝道者・牧師・監督を集めて伝道者達・牧師達・監督達を教えたのです。そして弟子達を宣教の地へと派遣して行ったのです。ヨハネは自分の霊の子供達をキリストにある弟子として父親のような訓戒をここでしています。ヨハネがどんなに子供達を愛していたかが手紙を通して私達に伝わってくるのです。この書を通してヨハネは今も私達に語られているのです。

一 主が呼ばれたこと

1 主イエスが声をかけられた

「イエスは、道を通りながら、アルパヨの子レビが収税所に座っているのをご覧になって、『わたしについて来なさい』と言われた。すると彼は立ち上がって従った」マルコ2:14

2 主イエスが選ばれた ルカ6:12−13

「12 このころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。
13 夜明けになって、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をつけられた。」

3 弟子達に命じられたこと マタイ28:18−19

「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。」

4 主があなたの名を呼ばれた。イザヤ43:1

「恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。」

5 主があなたを選ばれた ヨハネ15:16

「あなたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたを選んだのである。」

二 主と共にいる為

1 主の御側におらせる為マルコ3:14

「そこで十二人をお立てになった。彼らを自分のそばに置く為であり・・・」

2 主を見る為 ヨハネ1:39

イエスは彼らに言われた。「来てご覧なさい。そうしたらわかるだろう」

3 イエスは迷い出た子羊を大切にされた。ルカ15:4

あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。

4 主イエスは私達の為に命を捨てられた ヨハネ10:11

わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。」

5 主イエスはひとりでも滅びることを望まれない

主イエスを見捨てた弟子達の為に祈り、主イエスを裏切ったユダの為に「わたしの友よ」と言われた主イエスの愛をヨハネは見ていたのです。

「ただひとりも滅びることがなく、全てのものが悔い改めに至ることを望み、あなた方に対して忍耐しておられるのである」(ペテロ第二3:9)

6 誰が一番偉いかと争っていた

カペナウムに着いた。イエスは、家に入った後、弟子たちに質問された。『道で何を論じ合っていたのですか。』34 彼らは黙っていた。道々、だれが一番偉いかと論じ合っていたからである」(マルコ9:33−34)。

ヨハネもかしらになりたがって「誰が一番偉いか」と弟子達と論じ合っていた過去があったからです。

「9 私は教会に対して少しばかり書き送ったのですが、彼らの中でかしらになりたがっているデオテレペスが、私たちの言うことを聞き入れません。10彼は意地悪いことばで私たちをののしり、それでもあきたらずに、自分が兄弟たちを受け入れないばかりか、受け入れたいと思う人々の邪魔をし、教会から追い出しているのです。」ヨハネの第三の手紙9節−10

ヨハネはデオテレペスに手紙を書き送ったが、デオテレペスはその手紙を受け入れないばかりかその手紙を捨ててしまったのです。そして、ヨハネの忠告も受け入れませんでした。そして意地悪い言葉でヨハネ達を罵り、ヨハネを受け入れたいと思う人達を教会から追い出したのです。

若い時のヨハネであれば、怒りに任せて彼を除名していたのではないかと思われます。しかし、今のヨハネはそうしませんでした。

デオテレペスを見て、過去の自分を見ていたのです。自分も同じでした。その私を主イエスは命をかけて愛して守ってくださったのです。その主イエスの愛を受けたヨハネだからこそ、尚更デオテレペスを愛さずにはおれなかったのです。

三 主が遣わす為 

1 福音を宣べ伝える為 マルコ3:14

そこでイエスは十二弟子を任命された。それは、彼らを身近に置き、また彼らを遣わして福音を宣べさせ・・・」

2 全ての人の必要に答える為 ヨハネ第三2節、マタイ9:35

愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、

また健康であるように祈ります」(ヨハネ第三2節)。

「35 それから、イエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやされた。36 また、群集を見て、羊飼いのない羊のように弱り果てて倒れている彼らをかわいそうに思われた。」マタイ9:35−36

主イエスは弟子達に「あらゆる病気、あらゆるわずらいを癒す権威をお授けになった

マタイ10:1。主は全ての人の霊と心と体の癒しの為に弟子達を遣わされたのである

同労者を助け合う為 ヨハネ第三6−8節

「6あなたが神にふさわしいかたで彼らを次の旅に送り出してくれるなら、それはりっぱなことです。7彼らは御名のために出て行きました。8ですから、私たちはこのような人々をもてなすべきです。そうすれば、わたしたちは彼らの同労者となれるのです。」

4 ただで受けたのだから、ただで与える為 マタイ10:8、10、ヨハネ第三7

ただで受けたのだから、ただで与えなさい」

「働き人がその食物を得るのは当然である」

「異邦人(未信者)からは何も受けていません。」

キリストの十字架が私達の罪の身代わりであることを信じることによってのみ罪赦され、永遠の命を受けることが出来ました。これは一方的な神の恵みです。

福音を提供するのにお金をとってはいけないのです

5 全ての人を悪魔の奴隷から解放させる為

悪魔が死の恐怖のために一生涯、奴隷とさせた全人類を解き放つ為に主イエスは弟子達に「悪霊を追い出す権威を与えられた」(マルコ3:15)のである

マルコ3:14−15「また彼らを遣わして福音を宣べさせ悪霊を追い出す権威持たせる爲であった

マタイ10:1「イエスは十二弟子を呼び寄せて汚れた霊を追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいを癒す権威をお授けになった

6 主は弟子達を何の為に遣わしたのか

「父がわたしを愛したように、わたしもあなた方を愛したのである」(ヨハネ15:9)

「主は私達の為に命を捨ててくださった。これによって私達は愛を知った。私達も兄弟の為に命を捨てるべきである。」ヨハネ第一3:16

神が御子イエスを全人類の罪の身代わりとして十字架につけて全人類の全ての罪をお赦しになったその神の愛を信じて受け入れる時に世界は変わることを知っていたのである

神の愛を与える為、一人の兄弟・一人の姉妹の為に命を捨てる為

迷いだしたデオテレペスを救う為 ヨハネ第三13-14節

「13 あなたに書き送りたいことがたくさんありましたが、筆と墨でしたくはありません。14 間もなくあなたに会いたいと思います。そして顔を合わせて話し合いましょう。」

実はヨハネはガイオよりも、デオテレペスに直接会って話したかったのです。

私もあなたと同じだった。命を賭けた主の愛が私を変えた。デオテレペス、主の愛はあなたをも変えることが出来る。」主の愛は世界を変えることが出来る