ユダの手紙要約:信仰のために戦いなさい。2020年9月27日礼拝メッセージ

2020年9月27日の礼拝説教要約

ユダの手紙要約:信仰のために戦いなさい。 堀内友幸

聖書:ユダの手紙 1節ー4節、20節ー25節

1 イエス・キリストのしもべであり、ヤコブの兄弟であるユダから、父なる神にあって愛され、イエス・キリストのために守られている、召された方々へ。
2 どうか、あわれみと平安と愛が、あなたがたの上に、ますます豊かにされますように。
3 愛する人々。私はあなたがたに、私たちがともに受けている救いについて手紙を書こうとして、あらゆる努力をしていましたが、聖徒にひとたび伝えられた信仰のために戦うよう、あなたがたに勧める手紙を書く必要が生じました。
4 というのは、ある人々が、ひそかに忍び込んで来たからです。彼らは、このようなさばきに会うと昔から前もってしるされている人々で、不敬虔な者であり、私たちの神の恵みを放縦に変えて、私たちの唯一の支配者であり主であるイエス・キリストを否定する人たちです。

20 しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、
21 神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。
22 疑いを抱く人々をあわれみ、
23 火の中からつかみ出して救い、またある人々を、恐れを感じながらあわれみ、肉によって汚されたその下着さえも忌みきらいなさい。
24 あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のない者として、大きな喜びをもって栄光の御前に立たせることのできる方に、
25 すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン。

*イントロダクション                             一 聖徒にひとたび伝えられた信仰とは何か                   二 戦いとは何か                               三 いかに戦うのか

*イントロダクション

1 著者:著者はイエス・キリストの兄弟ユダであり、ヤコブの兄弟でもあるのです。2 執筆年代:紀元80年から90年頃                     3 執筆事情:ユダはイエスの弟であり、いつも母マリヤから「何故あなた達はお兄さんイエスのように見習う事が出来ないのか」と言われ続けてきた。イエスは4人の弟達と2人以上の妹達に対して僕として仕えられたことを不思議に思います。弟達、妹達はイエスを神と認めなかったほど、イエスは謙遜であったという事が分かるのです。イエスが御在世当時はイエスを信じなかった彼らがイエスの復活によってイエスを神と信じたのです。ですからユダはイエスを兄だと言ってはいません。キリストの僕だと言っています。自分がイエスの弟だと言えば傲慢になる可能性があったから、キリストの僕だと言っているのです。この手紙は全てのキリスト者のために書かれています。「聖徒にひとたび伝えられた信仰のために戦うよう、あなたがたに勧める手紙を書く」為にこの書をユダは書いたのです。

一 聖徒にひとたび伝えられた信仰とは何か

  主イエスはこの地上にきて、全人類の罪の身代わりとして十字架に付けられ、三日目に人類の敵である死を打ち破られて復活したことによって、人類を救う道を信じるものに与えてくださったのです。キリスト者の自由は罪からの解放であって、再び罪の奴隷になる放縦ではないのです。

二 戦いとは何か。

1 神の恵みを放縦な生活に変える罪との戦い 4節

「というのは、ある人々が、ひそかに忍び込んで来たからです。彼らは、このようなさばきに会うと昔から前もってしるされている人々で、不敬虔な者であり、私たちの神の恵みを放縦に変えた・・・」

2 唯一の支配であり、主であるイエス・キリストを否定する罪との戦い 4節

「私たちの唯一の支配者であり主であるイエス・キリストを否定する人たちです。」

3不信仰との戦いです。5節

「あなたがたは、すべてのことをすっかり知っているにしても、私はあなたがたに思い出させたいこおがあるのです。それは主が、民をエジプトの地から救い出し、次に、信じない人々を滅ぼされたということです。」

エジプトの奴隷から解放されたイスラエルが不信仰によって約束の地であるカナンに入る事が出来ませんでした。

4 選択肢が与えられている。6節

天使達に選択肢が与えられているとすれば私達にも選択肢が与えられいる。

「主は、自分の領域を守らず、自分のおるべき所を捨てた御使いたちを、大いなる日のさばきのために、永遠の束縛をもって、暗やみの下に閉じ込められました。」

5 好色にふけり、不自然な肉欲を追い求める罪との戦い 7節

「また、ソドム、ゴモラおよび周囲の町々も彼らと同じように、好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受けて、みせしめにされています。」

6 相手を罵り、裁く罪との戦い 9節

「御使いのかしらミカエルは、モーセのからだについて、悪魔と論じ、言い争ったとき、あえて相手をののしり、さばくようなことはせず、『主があなたを戒めてくださるように』と言いました。」

悪魔はモーセの遺体を欲しかったのです。民がモーセの遺体を記念碑としてモーセを拝ませたかったのです。民に偶像礼拝をさせたかったのです。

三 いかに戦うのか

1 最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げる 20節

キリストが成し遂げた贖いが完全であることを信じて自分自身を信仰によって成長し、キリストの姿に変えられていくのです。

2 聖霊によって祈る 20節、ローマ8:26

「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。」

イザヤ書30:21

あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め」と言うことばを聞く。

聖霊の導きと聖霊の声を聞いて執り成しの祈りをするのです。

3 神の愛のうちに自分自身を保つ。21節

神様のご計画は愛であり、愛の故にあなたを訓練し、あなたを守られるのです。

神の愛の中に生きる事が私たちの内から愛が湧き溢れてくるのです。

4 永遠の命に至らせる。21節

神のご計画は一人の御子を与えるほどに私たちを愛された神を信じるものに永遠の命を与える事なのです。

5 主イエス・キリストの憐れみを待ち望む。21節

私達は実際に何度も不信仰になり、神に反発したり、罪を犯す者達であるが、それどもなお赦されて御国に入る事ができるのはただただ神の憐れみのゆえなのです。

この憐れみを受けることこそ、イエス・キリストに対する信仰なのです。

6 疑いを抱く人々を火の中から救い出す。22−23節

逆らって議論してくる人や疑う人、地獄に向かっている人を助けるのです。信じている人は神と人とに仕え、相手を助ける者とならなければならないのです。

7 キリストによって守られている。1節、24節

あなた方を躓かないように守り、傷のない者として下さる方を信じるのです。キリスト者は偶然に死ぬことはないのです。死ぬことは主の御許に行くなのです。父なる神の前に立つその時まであなたを守られるのです。

8 救い主である唯一の神に栄光、尊厳、支配、権威があるようにほめ称える。25節

「すなわち、私たちの救い主である唯一の神に、栄光、尊厳、支配、権威が、私たちの主イエス・キリストを通して、永遠の先にも、今も、また世々限りなくありますように。アーメン。 」                                  救いは唯一の真の神から出たことであり、途方ない力によって行われる驚くべき御技です。私達が主の御手の中にあることは何と計り知れない恵みでしょうか。       私達は「我が魂よ。主をほめよ」と言わざるを得なくなるのです。