わたしは『わたしはある』という者である

2013年9月1日の礼拝説教要約

聖書:出エジプト記 3:1‐14

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3:1 モーセは、ミデヤンの祭司で彼のしゅうと、イテロの羊を飼っていた。彼はその群れを荒野の西側に追って行き、神の山ホレブにやって来た。
3:2 すると主の使いが彼に、現われた。柴の中の火の炎の中であった。よく見ると、火で燃えていたのに柴は焼け尽きなかった。
3:3 モーセは言った。「なぜ柴が燃えていかないのか、あちらへ行ってこの大いなる光景を見ることにしよう。」
3:4 主は彼が横切って見に来るのをご覧になった。神は柴の中から彼を呼び、「モーセ、モーセ。」と仰せられた。彼は「はい。ここにおります。」と答えた。
3:5 神は仰せられた。「ここに近づいてはいけない。あなたの足のくつを脱げ。あなたの立っている場所は、聖なる地である。」
3:6 また仰せられた。「わたしは、あなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは神を仰ぎ見ることを恐れて、顔を隠した。
3:7 主は仰せられた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。
3:8 わたしが下って来たのは、彼らをエジプトの手から救い出し、その地から、広い良い地、乳と蜜の流れる地、カナン人、ヘテ人、エモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人のいる所に、彼らを上らせるためだ。
3:9 見よ。今こそ、イスラエル人の叫びはわたしに届いた。わたしはまた、エジプトが彼らをしいたげているそのしいたげを見た。
3:10 今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」
3:11 モーセは神に申し上げた。「私はいったい何者なのでしょう。パロのもとに行ってイスラエル人をエジプトから連れ出さなければならないとは。」
3:12 神は仰せられた。「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。わたしがあなたを遣わすのだ。あなたが民をエジプトから導き出すとき、あなたがたは、この山で、神に仕えなければならない。」
3:13 モーセは神に申し上げた。「今、私はイスラエル人のところに行きます。私が彼らに『あなたがたの父祖の神が、私をあなたがたのもとに遣わされました。』と言えば、彼らは、『その名は何ですか。』と私に聞くでしょう。私は、何と答えたらよいのでしょうか。」
3:14 神はモーセに仰せられた。「わたしは、『わたしはある。』という者である。」また仰せられた。「あなたはイスラエル人にこう告げなければならない。『わたしはあるという方が、私をあなたがたのところに遣わされた。』と。」

1. モーセがエジプトで生まれ、3か月目に川に捨てられたのをパロの娘が拾い上げて、自分の子として育て、エジプトの最高の教育と訓練を受けさせた。
モーセは王位を受け継ぐべき地位にあったにもかかわらず、40才の時にイスラエル人を助けるために立ち上がった。しかし、同胞のイスラエル人から裏切られ、モーセは荒野に逃げて40年が過ぎた。

2. モーセが80才の時に神は燃える柴の中からモーセに「あなたの足のくつを脱げ。あなたの立っている場所は、聖なる地である」と語りかけられた。モーセがもし40才の時に自分の力でイスラエル人をエジプトの国から解放したのならば、彼は傲慢になって逆らう人たちを殺していたかも知れない。神様はモーセに指導者としてもっとも大切な謙遜をここで教えられたのである。

3.モーセは神の前に靴を脱いだ。
神様はそのモーセをイスラエルの指導者とされたのである。

4.モーセが「『あなたの名は何ですか』と聞かれたときにどのように答えたらよいでしょうか」と主に尋ねた時に主がご自分の名前を説明された。聖書中で主がご自身の名について説明されたのはこの箇所だけである。
主が「わたしは、『わたしはある』という者である」と語られた。
主は「今も生きてここにおられる」という意味である。

5.そして主が言われたのは「わたしがあなたを遣わす」と語られたのであった。
主は過去・現在・未来にわたって生きたお方であり、今も主は私達に語られるお方であり、私達の生涯を導かれるお方なのである。

堀内友幸牧師