聖書:コリント人への手紙第一 13:1ー8,13

1.聖書は私達の動機が間違っているのならば私達は全く間違った人生を送ってしまうことを告げています

人は人を利用することだって出来ます。しかし、それは遅かれ早かれ、その事実は明らかになるのです。自分を助けるどころか、一切が無に帰してしまうほど、無益な人生を送ってしまうのです。私達の動機がキリストの愛に根ざしいると相手を益にするだけでなく自分が生かされていく人生なのです。

2.パウロを伝道に駆り立てた原動力は何だったのですか。  キリストの弟子であるステパノを殺した張本人であり、多

くのキリスト者を次々に牢屋に入れて、教会を荒らしまわっ

た人物でした。ダマスコ途上で、復活のイエスにあって悔い

改めて、イエスを宣べ伝える使徒に変えられました。

パウロが伝道すると様々な迫害に会い、死にかけたことが

幾度もありました。

何故パウロはそのような中でもキリストを宣べ伝えたのでしょうか。パウロは迫害の中にあっても、語らざるを得なかったのです。キリストの愛がそうせざるを得なかったのです。正に、これこそがパウロの原動力だったのです。

3.エレミヤを伝道に駆り立てた原動力は何だったのですか。

 エレミヤが神の言葉をイスラエルの人々に宣べ伝えた時に人々は彼を井戸の中に落としたりして、彼は何度も苦しい目に合わせられました。

「私は『主のことばを宣べ伝えまい。もう主の名で語るまい。』と思いましたが、主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません」(エレミヤ20:9) と告げています。神の愛が臨むときにエレミヤも「語らざるを得なかった」と告げています。

4.私達の動機がキリストの愛に根ざしているならば、それは私達の人生の原動力にもなるのです。

 

  2012年6月17日 聖日礼拝 週報 NO.キリスト者の動機